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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)1186号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人榊原正毅、同榊原恭子の上告理由について

一  原審の認定した事実関係及びこれに基づく原審の判断は、おおむね、次のとおりである。

1  訴外山田正光(以下「山田」という。)は、司法書士を営むとともに不動産業を目的とする訴外京阪神土地株式会社(以下「京阪神土地」という。)を経営するものであつたが、昭和四二年一月中旬ころ、被上告人から京阪神土地の営業資金として約一億円の融資を受けるにあたり、被上告人に対し九〇〇〇万円の定期預金を担保に供することになつた。そこで、山田は、かねて知り合いの金融業を営んでいた上告人の実父亡沢勇一(以下「勇一」という。)に対し、日歩四銭の有利な金利の支払をすることを条件に右定期預金をしてほしい旨を申し入れたところ、勇一は、これを承諾し、同年二月上旬ころ被上告人に対する自己の定期預金とする意思で山田に九〇〇〇万円を交付した。

2  山田は、右資金を一旦自己又は京阪神土地等の当座預金口座に預け入れたのち、これを同月九日から二〇日までの間に小切手又は現金に換えて被上告人銀行の係員に交付し、第一審判決別表〈略〉一記載の架空人名義による第一回定期預金(預金額合計九〇〇〇万円)をしたが、その際、山田は、手元に用意した有り合わせの印鑑を届出印として右係員に交付し、右印形に応じた適当な架空人を預金名義人とされたい旨依頼し、かつ、京阪神土地の被上告人に対する債務の根担保とするため、右定期預金証書を差し入れて包括根質権の設定手続をしたうえ、右預金について、税務対策上預金証書を自己の手元で保管させてほしい旨の申出をした。そこで、被上告人は、山田から同人名義の「上記定期預金(第一回預金)は私の預金に相違ありません。なお今般貴行に担保差入中のものでありますが、都合により預金証書は私が預りましたが、貴行の必要なときは何時でも返戻いたします。」と記載した念書を提出させてこれに応じたうえ、京阪神土地に対し、そのころ、右預金額に相当する九〇〇〇万円の手形貸付を実行した。山田は質権設定手続を終えて返還された定期預金証書及びこれに用いた届出印形を勇一に交付し、勇一はこれを手元に保管していた。

3  被上告人は、京阪神土地に対する手形貸付九〇〇〇万円について、一か月を単位として、一部弁済、新規貸付を繰り返し、第一回定期預金の各満期に接近したころに全額弁済を受け、京阪神土地に対し同年八月一〇日五〇〇〇万円、同月一一日四〇〇〇万円の新規貸付をしたところ、山田は、右貸付金のうち八〇〇〇万円を京阪神土地に対する被上告人の手形貸付の担保となる新たな定期預金の資金とすることとし、右貸付金を同時に被上告人における山田個人の預金口座に振り替え入金させ、更に自己が用意した別口一〇〇〇万円の金員をも右口座に入金したうえ、右合計九〇〇〇万円につき、第一回預金と同じ方法で第一審判決別表〈略〉二記載の架空人名義による第二回定期預金手続及び包括根質権設定手続を行い、預金証書を自己の手元で保管することとなつた。その際、山田は、被上告人と京阪神土地との取引約定書に基づき本件預金を自己への通知又は自己の承諾なくして被上告人の意思で随時相殺されても被上告人に対しなんら異議を申し出ない旨を記載した念書を交付した。

4  そして、被上告人は、第一回預金については同月一四日山田から預金証書の交付を受けてその払戻しをし、また、第二回預金については山田から預金証書の交付を受けて内二〇〇〇万円の払戻しをし、内七〇〇〇万円についてはいわゆる出納振替により第一審判決別表〈略〉三記載の第三回預金(以下「本件預金」という。)に書替え継続したが、第一、二回預金と同様の方法で、架空人名義の本件預金手続及び包括根質権設定手続がされ、預金証書は、山田の手元で保管されることになり、山田から勇一(第二回預金の満期前である昭和四二年一二月五日に死亡した。)の相続人である上告人に交付された。

5  ところで、被上告人銀行の本店営業部の預金受入手続をした担当者らは、第一、二回預金とも山田が自己の預金として預金手続を依頼したので右預金は山田のものであると信じていたところ、京阪神土地が倒産したのちの昭和四三年五月二一日にはじめて上告人から本件預金が自己の預金であることを告げられたが、その際に上告人が所持していた印鑑は届出印鑑と違つていた。

6  原審は、以上の事実を認定したうえ、記名式定期預金の預金者の確定に当つては、契約解釈の原則に従い、預金証書に表示された預金名義人を基準とすべきであり、右預金名義人が架空人であるときは、預け入れ行為者の表示行為を中心として、右表示行為に対する金融機関の認識、預け入れ行為者の資格、預金の目的たる経済的利益の出捐関係、預金証書、届出印の所持関係を考慮して定むべきであるとして、第一、二回預金のみならず本件預金も山田が預金者であると判断し、上告人の本件預金返還請求を棄却した第一審判決を維持している。

二  しかしながら、無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意思で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは、当裁判所の確定した判例(昭和二九年(オ)第四八五号同三二年一二月一九日第一小法廷判決・民集一一巻一三号二二七八頁、昭和三一年(オ)第三七号同三五年三月八日第三小法廷判決・裁判集民事四〇号一七七頁、昭和四一年(オ)第八一五号同四八年三月二七日第三小法廷判決・民集二七巻二号三七六頁)であるところ、この理は、記名式定期預金においても異なるものではない(最高裁昭和五〇年(オ)第五八七号同五三年五月一日第二小法廷判決・裁判集民事一二四号一頁参照)から、預入行為者が出捐者から交付を受けた金銭を横領し自己の預金とする意図で記名式定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて記名式定期預金の預金者と解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の認定した事実関係によれば、山田は、被上告人に対し、第一、二回預金及び本件預金について預金者は自己であることを示して預金手続をしたというものではあるが、定期預金証書を勇一ないし上告人に交付していたというのであり、また、届印鑑も勇一ないし上告人に交付したことがあるというのであるから、右事情に照らすと、山田が勇一の出捐した金銭につきその支配を排してこれを横領し、自己の預金とする意思を有していたとまでみるのは十分でないというべきところ、原審は、他に前記特段の事情を認めるべき事実を認定することなく、本件預金の預金者は山田であつて上告人ではないとしたことになるから、原判決には預金者の認定に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであつて、論旨は理由がある。そして、本件において、前記特段の事情があるかどうか等について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 環 昌一 裁判官 横井大三 裁判官 寺田治郎)

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